Somewhere in the Arctic

北欧、在住10年目。家の窓からオーロラが見える、雪深い北極圏近辺でひっそり暮らしています

【海外生活】見えない文化の違いから感じる疎外感の波が再び

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海外生活をしている人であれば、日本で住んでいたころには感じることがなかったような色々なことに向き合うことがあるかと思います。

 

 

移住当初は私はまずは言葉の壁でした。これは少なくとも海外に住む人で有れば多くの方がぶつかる壁ではないかと思います。

耳に入ってくる言葉の意味がわからない。

小さな子どもに戻ったような感じ。そう思っていました。そして出来ない、わからないって思うから、また周りの目が気になったり、失敗を恐れたりするので、純粋に0から少しずつ吸収していく子どもよりももっと壁を自分で高くしていたのかもしれません。

そう思って語学力を上げるために奮闘する日が続くのですが、これには終わりがないのだなと最近でもつくづく感じます。

 

「もうペラペラなんでしょ?」なんて海外に移住して何年後かには日本に帰国する時に言われていましたが、「ペラペラってなんじゃい!?」ってよく心の中で思っていました(笑)いつまで経ってもペラペラなんて思えない。。これは色々な物差しで測れるので、上を見ればキリがありませんが、向上心を持って言語力を維持、そして上達させていくという意識は常に必要だなと感じていて、正直終わりがないなって思います。

 

でもそんな中でもその環境に揉まれ、言葉を使ってみては失敗し失敗し・・と繰り返して、そこから色々学ぶことで、語学力が少しずつ上がってきて、表面的にある程度分かるようになってもなんか物足りないようなこの気持ち。最近、些細なことでちょっと落ち込むことがあったことをきっかけに色々考えていたら、8年前にも同じようなことを考えていたということを自分のブログを読んで思い出しました。

 

当時カルチャーショックには3段階あるという話を書きました。

 

arcticmaricorima.hatenablog.com

自分が以前書いたブログより

新しい地へ移り住むということは、新しい文化と出会うということ。

 

クラスでは新しい国、とありましたが、私は同じ国でも新しい土地へ

移ると、”カルチャーショック”はあると思います。

 

そんなカルチャーショックの中にも三段階あるというお話。

 

始めの時期は、新しい土地に来て、何もかもが新鮮で観光客の

ような気持ちで、とても楽しいと思える時期。

本では日本語に訳すと、観光客の段階。

 

その後は、ショックの段階と言って、その地の新しいことが、

とても変だと思うようになり、その地にいることがつらいと思うように

なる時期。

 

そして最後は適応段階と言って、良いことも悪いこともわかり、

失敗のないよう、対応出来て行くというもの。

 

 8年前にもすでに私は最終段階の適応段階にいると書いていたのですが、これは移住する前に一度同じ国に留学していたので、第一段階はその時に終えていたように思うので、それからの変化が移住してからは早かったように思います。8年たった今も変わらず、更にこの国の、そしてこの住む土地の良いとこ、悪いとこがわかるようになり、8年前より更に失敗のないよう対応しているものの、それでも“見えない文化”の違いから感じる疎外感というものはまだ埋まることがないんだな思うことがまた最近ありました。

 

こちらも8年前に書いていました。

arcticmaricorima.hatenablog.com

 自分の過去のブログより

仕事の合間の休憩時間にも、昔流行ったテレビ番組の話やお笑い番組の話。また小さい町なので、長い間住んでいる人だと、共通の知り合いも多く、「あそこの娘さんがね~」なんて会話がしょっちゅうあります。

 

どれだけ環境になじめても、言葉が出来ても、こういった話題はなかなか入り込むことが難しいです。

と言って無理に入って行こうとか、そういう気持ちはなくても、これも文化の違いなんだな~としみじみ思いました。

 

そして笑いのセンス。

同じ日本人でも関西人と、関東人で違うであろう笑いのセンス。

国がまたがれば、もっと違います。

 

みんなが大声をあげて笑っていても、私には面白くない時は

ちっとも面白くないのです・・

 

こちらに住んでもうすぐ10年目を迎えようとしていても変わらず今も同じようなことを考え、思い落ち込んだりしていました。

あれから8年経った今でも、周りの人が大笑いするジョークはまだ面白く感じられない。失敗は以前より減り、更にうまく環境には適応はしてはいるのだろうけど、どこかでいつも遠くから傍観しているような自分が自分の中にいるのです。つまり言葉の壁だけの問題ではないものが背景にいろいろあるのだと思います。

 

文化の違いなんだななんて8年前はしみじみ感じていたようですが、それはまだ移住して間もない、珍しい時期だったからだと思います。
今はしみじみ思うというよりは、あれから8年経った今でも、変わってないのかいって自分にツッコミを入れたくなりましたが、それは変われるものではないんだなってことに気づきました。

それだけ生まれ育った環境やその時に身についたものは自分の奥底から深く根付いているようです。

 

もちろん取り巻く環境でその疎外感的な思いは変化があるのかもしれません。今は特に職場の環境が北スウェーデンの土地で生まれ育った人達に囲まれていて、その土地で生まれ育って染みついたその背景にあるものがあることで、わかるような会話の内容だったり、共感だったりするので、ただそうなんだ~って聞いています。無理に会話にも入りません。そういった環境に身を置くことができるのもとても貴重な体験だと思っています。

そしてこういった気持ちは自分の内面から来るものであって、環境の問題ではないことも。

 

それでもふっとたまに、ふっと耳に入ってくるたわいもない日本語での会話に、何も頭の中で文章を組み立てることなく会話に参入できることや、また「そうそう!」みたいな共感の場面を思い出して恋しくなったりすることもあります。

もちろん、日本にいるからといっても、世代や環境によって違うので、そういうシチュエーションが頻繁にあるわけではないのだけども、この見えない文化の違いの壁はいつになっても越えられないのかななんて思う自分がいたりします。

 

こういう波は来ては乗り越え、また波が来ては乗り越えって感じで航海中には避けられない波なのでしょう。

毎日前向きに進めたらいいのだろうけど、そう毎日前向きに進めない日もあるのです。

そういう日はただひたすら船から落っこちないように、じっとする、そして波が越えるのを待つ。

 

こういう時は「自分でできること」で自分の機嫌をよくすることが大事だなっておもいます。

私の場合は意識してゆっくりしたり好きなことをする。また、運動したり、美味しいものを食べたりと過ごすようにします。そして少しずつ元気をチャージして前に進む。

 

とりとめのない話になってしまいましたが、また忘れた頃にまた同じような波がやってきたら、また落ち込んで悩んだりすると思うので、この時の思いを読み返せたらって思います。更にまたその波を乗り越えられるよう、自分の機嫌を自分でよくできる方法を色々これからも試行錯誤していきたいと思います。

 

同じように感じている海外在住者の方、いるのでしょうか。

 

今日は初雪。真っ白な景色はやはり毎年見ていても美しいです。

読んで頂きありがとうございました。